「値上げ」をためらっていませんか?
~取適法を追い風に、発注元を動かす価格交渉~


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「原材料の値上げはお願いできたが、その後の人件費の上昇分は言い出せていない」
「これ以上お願いすると、取引先との関係が悪くなるのではないか」
そんな悩みを抱える経営者は少なくありません。

原材料価格やエネルギー価格の高騰に加え、人件費や運賃の上昇は今も続いています。しかし、「長年の付き合いだから」「一度値上げをお願いしたばかりだから」と、価格交渉をためらい、自社でコストを吸収し続けている企業も多く見受けられます。利益を削り続けることは、将来への投資や従業員への還元を難しくし、やがては自社の競争力を失わせることにもつながります。

しかし、その「言い出せない」という状況は、少しずつ変わり始めています。こうした変化を制度面から支えているのが、2025年に施行された中小受託取引適正化法(以下、取適法)です。取適法は、受注企業が適正な価格で取引できる環境を整備するとともに、発注企業に対しても価格協議に誠実に応じることなどを求めています。価格交渉への対応は、発注企業にとってもコンプライアンス上の重要な経営課題となりました。つまり、「価格について話し合うこと」が、これまで以上に当たり前の時代になったのです。

私は30年以上にわたり、製造業の調達・購買部門で価格交渉に携わってきました。その経験から申し上げると、価格交渉の相手である調達担当者は、決して「値上げを認めたくない人」ではありません。むしろ、「価格改定の必要性は理解しているが、社内で承認を得るためには客観的な根拠が必要である」という立場に置かれていることが少なくありません。調達担当者もまた、自社の中で価格改定を実現するという課題を抱えているのです。

だからこそ、価格交渉は「値上げしてください」というお願いで終わってはいけません。調達担当者が社内で価格改定の承認を得るためには、原価上昇の根拠を示す資料が重要になります。例えば、賃金の上昇、原材料価格の高騰、電気料金や燃料費の増加、運賃の上昇など、自社の原価にどのような影響が生じているのかを整理し、できるだけ数字を用いて説明することが求められます。これらの資料こそが、調達担当者が社内の関係部門を説得し、合意を得るための強力な武器となります。

価格交渉は、一度価格改定が認められたら終わりではありません。経営環境の変化に応じて、必要な価格改定を適切にお願いしていくことも、経営者の重要な役割です。取適法は、価格を自動的に引き上げてくれる法律ではありませんが、「価格について率直に話し合うことは当たり前」という新しい取引ルールを社会に根付かせようとしています。発注企業もまた、そのルールに対応する責任を負う時代になりました。

「もう一度お願いするのは気が引ける」と思われるかもしれません。しかし、そのためらいが、自社の未来を縮めてしまっては本末転倒です。添付の図にあるように、これからの価格交渉は単なるお願いではなく、お互いの「経営課題の共有」と「双方向の話し合い」のプロセスです。まずは事実を整理し、取引先に誠実に伝えることから始めてみてください。その一歩が、自社の未来を守り、従業員を守り、取引先との持続可能なパートナーシップを築く第一歩になるはずです。

自己紹介文:

村越 正啓(むらこし まさひろ)

中小企業診断士。製造業で30年以上、調達・購買部門を中心にサプライチェーンマネジメントや価格交渉に携わる。発注企業側で培った経験を活かし、現在は中小企業の価格転嫁支援や経営改善、人材育成などの支援を行う。発注企業と受注企業の双方が持続的に成長できる取引関係の構築を目指し、伴走型の経営支援に取り組んでいる。

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